第1章第5考:『天月の投資人生』第1話:貧困家庭の記憶 〜掘っ立て小屋と、土用の丑の日の真理〜

第1章【財】

痛快 天月です。

10月から満を持して開幕する、第1章【財】の大型連載。
この『天月の投資人生』では、よくある投資のテクニック本などではなく、還暦を迎えた私が最後のマネーゲームへ挑む、そのすべての原点となった私の生き様の記録を、全17回にわたって包み隠さず書き残していきます。

記念すべき第1回は、私のマネーリテラシーの引き出しの一番底に眠る、昭和のド底辺の記憶から話を始めましょう。


■ ステップ①:現在の絶景 〜還暦を迎えた、男の幸せ〜

私は今、60歳。還暦を迎えています。

冷徹に自分の人生のポートフォリオを見つめてみても、今、私はお金に困っていません。
愛する妻と、48歳のときに授かった中1の最愛の娘が1人。仕事、人生の選択、数々の不条理。生きていれば色々なことがありますが、総括して言えば、私は「最高に幸せな今」を生きています。

特に59歳から60歳に至るこの1年間は、私の人生の中で、最高にエキサイティングで楽しい日々です。
自分の納得したことだけにお金を使い、娘との歴史旅、好きなアーティストのコンサート、気のおけない旧友との至福の飲み会。自分の「はしゃぎ心」の赴くままに、人生をトコトン豊かにプロデュースできているという絶対的な自負(背骨)が、今の私にはあります。

しかし、そんな私のマネーゲームの原点は、決してスマートなものではありませんでした。


■ ステップ②:過去のファクト 〜次男坊の掘っ立て小屋と、親父の天然うなぎ〜

私は昭和41年、丙午(ひのえうま)の生まれです。
父親は、地元の古い漁師の家の「次男坊」でした。

昔ながらのお堅い土地柄ですから、家長となって家を継ぐのは当然のように長男です。次男坊である私たちの暮らしは、小さな掘っ立て小屋のような家からスタートしました。当然、収入も少なく、世間一般の基準から見れば、まごうことなき「貧困家庭」だったはずです。

中学校、高校と成長し、他人との比較で「ウチは貧乏なんだ」と気づいたときは、友達を家に呼ぶのが恥ずかしくて仕方がありませんでした。

しかし、海の男である漁師の父親は、とにかく豪快な男でした。
ひとたび海や川へ出れば、仕留めてくるのはそこらのスーパーに並ぶ養殖モノではなく、丸々と太った見事な「でかい天然うなぎ」や、新鮮な牡蠣(カキ)の山でした。さらに冬になれば、どこからか獲ってきた野生の「鴨鍋(かもなべ)」がドカンと食卓に並ぶ。
しかも、それらの極上の食材を、職人肌の親父が自ら包丁を握り、我が家のために最高に美味い料理へと仕立ててくれるのです。

当時はおもちゃを買うカネもなかったけれど、私の胃袋は、大都会の金持ちたちがどれだけ大金を積んでも手に入らない、自然界の「本物の贅沢」で満たされて育ちました。


■ ステップ③: 〜私が店で高いモノを買わない理由〜

40年間の大人のサバイバルを生き抜き、還暦を迎えた今の私の目で、あの昭和の掘っ立て小屋の記憶をスクリーニングし直してみると、確固たる『財』の真理が浮かび上がってきます。

現代の世間の人間が、夏に「土用の丑の日だから」と、スーパーに並ぶ高い養殖うなぎに眉間にシワを寄せて財布を開いている。
私は見ながら、こう思っています。

「俺は子供の頃、親父が獲って捌いてくれた本物の天然うなぎを、タダで、腹いっぱい食って育ったんだよ。店で高いカネを出して買ううなぎなんて、ウチの親父の料理の足元にも及ばないんだよ」と。

この圧倒的な原体験があるからこそ、私は「店で高いだけのものを、自分の見栄のためにカネを出して買う」という無駄なことは、今でもしません。
私の財布の紐が鉄壁のディフェンス(守り)を緩めて、ドカンと豪快にカネを解き放つのは、「最愛の娘や、自分を慕ってくれる仲の良い後輩たちと、一緒に美味いものを食べるとき」です。

日々の無駄は徹底的に削ぎ落としながらも、自分が本当に大切にしたい人の笑顔や、自分の心が震える本物の価値のためにだけ、スマートにカネを使う。この天月流の「メリハリの美学」さえ身につければ、これから何十年先、どんな時代が来ようとも、自分の足で人生を120%楽しんで勝ち残っていくことができると思っています。

(次回、第2話:なぜか国立大学へ行った話、大逆転劇のキッカケへと直線一気で続く)

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