痛快 天月です。
今回は、お金の貸し借りにまつわる話をします。
■ 🟥 ステップ①:現在の答え 〜個人間でカネの貸し借りは100%絶対にだめ〜
私が還暦を迎えて、今はっきりと思うことがある。
「個人間で、お金を借りない。できれば、貸さない。」
どうしても断れない事情があるなら、「返ってこなくてもいい」と思える範囲でしか動かさない。
そして、貸した相手については、その後の付き合い方を少し考える。
これは冷たいのではなく、60年間生きてきて、俺なりに身につけた防衛線なのだと思う。
■ 🟥 ステップ②:過去 〜利息の怖さを知る俺と、節制を知らない奴らの不条理〜
なぜ、私がカネの貸し借りを睨みつけるのか 。
就職したばかりのころ、俺は本当に貧しかった。
奨学金の返済があり、親の借金もあった。
手元にカネが残らない。
利息だけで月2~3万円が消えていく。
だから俺は、若いころに「借金の怖さ」を身をもって覚えた。
そんな俺に、時々飯を奢ってくれた偉大な先輩がいた。
「困ったときは、いつでも言ってくれ」
そう言ってくれた人だった。
でも、俺はその先輩に借金を頼むことだけはしなかった。
貧しかったからこそ、そこだけは自分の中で守りたかった。
一方で、そんな私の苦労も知らず、カネを無心してくる人たちが、人生の節目で何度も私の前に現れました。
ケース①(親しくもない後輩): 「ローンで借金したんですけど減らないんです。いくらか貸してくれませんか?」
ケース②(かつての上司): 私がサミー株で1,500万を儲けた噂を聞きつけたのだろう。その話は伏せながら「30万円貸してほしい」と言ってきた。私は黙って貸し、後で返してもらったが、私の中の彼への信用と信頼は、その瞬間に大きく崩れ去った。
ケース③(最近の話で、母の従妹の息子): 「嫁の入院代で費用がかさむので25万円貸して。夏のボーナスには必ず返すから」と言われ、黙って貸した。しかし、8月の終わりを過ぎても1円の返金タも、連絡もない。母親経由で電話をかけさせ、ようやく繋がった息子は「もう少し待って、2回に分けて返します」と言い訳をした。
話が全然違うやんと、心の中で鼻で笑った。
彼らに対する私の信用は、今、完全にゼロです。
■ 🟥 ステップ③:結び 〜ゼロスタートでも、結末は同じだと思っている〜
今になって思う。
彼らを見て腹が立つというより、俺はむしろ不思議に思う。
「どうして人は、同じことを繰り返すんだろう」
カネがない。
↓
借りる。
↓
その場は何とかなる。
↓
また足りなくなる。
↓
また借りる。
これを繰り返していれば、いつか苦しくなるのは当然だ。
もし、今ここにいる全員の資産を一度ゼロにして、全員が同じスタートラインに立ったとする。
10年後、20年後には、また差がついているんじゃないか。
俺は、そんな気がする。
節制する人。
稼いだカネを全部使う人。
小さな楽しみを大切にする人。
足りなくなるたびに誰かに頼る人。
結局、人生は毎日の小さな選択の積み重ねなのだと思う。
俺自身、特別に優秀だったわけではない。
ただ、若いころにカネで苦労した。
だから、できるだけ借りない。
身の丈以上の生活をしない。
少しずつ残す。
そんなことを60年間、繰り返してきただけなのかもしれない。
これからも、生活はこれまで通り節制する。
そして、たまには贅沢する。
60歳になった今、俺はそれで十分だと思っている。
(次回、第3章『楽しかったこと④』へと続く)


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