第2章第27考:【人生読本25】第22回:他人の目を気にして「大好きな勉強」すら隠した孤独。私の心を解放した引き算――小池龍之介『苦しまない練習』

第2章【学】

痛快 天月です。

私の人生を支え、折れそうな心を奮い立たせてくれた本や言葉を紹介していく「人生読本25」。
第22回目は、私の過去の最も脆く、最も寂しかった心の傷にそっと触れながら、他人の視線という呪縛から自分を100%解放するための「練習」を教えてくれた一冊です。

『苦しまない練習』(小学館文庫)


■ 他人が作ったイメージを演じていた、寂しい少年時代

何度もこの連載で語ってきた通り、子どもの頃の私は、早生まれの劣等感を引きずった、根っからのネガティブで気の弱い少年でした。

そして、当時の私は、今振り返っても本当に「寂しい人間」だったと思います。
周囲の人間が「お前ってこういう奴だよな」と勝手に作り上げてくる「気弱でおとなしい天月」というイメージを壊すのが怖くて、わざとそのイメージ通りに大人しく、おっとりと振る舞ってしまっていたのです。他人の視線に自分を合わせ、他人の人生の脇役を自ら演じていた。そんな風にいつでも自分を勝手に追い詰め、勝手に苦しんでいました。

「もっと、自分が思った通りに、堂々とやればよかったのにね」

還暦を迎えた今なら、当時の自分の肩を叩いてそう言ってあげられますが、10代の真っ只中にいた私は、自分の「本当に好きなこと」すら、周囲の目のせいで諦めてしまっていたのです。


■ 「勉強が好き」だと言えなかった不条理と、そこからの覚醒

実は、私は高校生の時、「勉強が本当に大好き」でした。
新しい知識を手に入れ、知力を磨き、世界の仕組みを理解していくプロセスは、私の脳内を最高にワクワクさせてくれる極上の娯楽だったのです。

しかし、当時の教室の空気は残酷でした。
「あいつ、勉強ばかりしてガリ勉だな」と、逆に周囲から馬鹿にされ、浮いてしまう恐怖。私はその同調圧力に負け、他人のイメージに合わせるために、あんなに大好きだった勉強を自ら放棄してしまった時期があったのです。

高校3年生の冬に「これはゲームだ!」と楽天主義のスイッチを入れて猛チャージをかけ、見事に受験ゲームを完全制覇しましたが、その裏には「自分の好きなことを、他人のせいで奪われてたまるか」という、強烈な飢餓感と不条理への怒り(反骨心)が燃えていたのです。


■ 現代を生きるあなたへ

本書の著者である小池龍之介氏は、人間の「苦しみ」の正体は、他人の評価への執着や、自分を良く見せたいというプライド(煩悩)のノイズが生み出すものだと説いています。

他人が作ったイメージに合わせる必要なんて、1ミリもありません。
他人のくだらない冷笑のせいで、あなたの「大好きなこと」を諦めるなんて、人生最大の損失です。

還暦を迎え、4,900万円というリアルな現在地から「資産3億円」という高い山を目指して直線一気で突っ込んでいる現在の私。
この戦いにおいて、私はもう、他人の物差しを1ミリも気にしていません。世間が何と言おうが、私は自分が大好きな節制を貫き、大好きな株式投資の雪だるまを転がし、大好きなブログ執筆をはしゃぎながら楽しんでいます。他人の誘導するイメージを演じる寂しい生活は、あの高校生の冬に完全に引き算して捨て去ったのです。

もしあなたが今、職場の空気や他人の視線に縛られ、「自分らしく生きられない」と胸を痛めて苦しんでいるなら、ぜひこの本を開いてみてください。
他人の目を綺麗さっぱり削ぎ落とし、あなたの「大好きなこと」のために、人生を直線一気で突き抜けるための静かな勇気が、心の底から湧き上がってくるはずです。

(第23回『人生の手引き書』渡部昇一 へ続く)


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