第4章第1考:10年間でわずか5回の奇跡。脳内に何かが噴射される「本物のランナーズハイ」の正体

第4章【体】

巷の健康本やスポーツ雑誌では、よく「ランナーズハイ」という言葉が軽々しく使われている。
「走っているうちに苦しさが消えて楽しくなる現象」だ。

だが、40代からの10年間をフルマラソン、果ては100kmウルトラマラソンに捧げた俺から言わせれば、そんなものは本当のハイではない。俺の経験上、ランナーが味わう「心地よさ」には3つの明確な階層(フェーズ)が存在する。

まず、第1の階層は「1km地点の解放」だ。
走り始めて最初の1kmほどを過ぎると、すっと体が軽くなって楽になる。気持ちよさが広がり、不思議なことに走る前にあれほどズキズキ痛んでいた膝やアキレス腱の痛みが、綺麗さっぱり消え去るのだ。

次に、第2の階層は「道中の全能感」だ。
5km、10km、ハーフ、フル、そして50kmや100kmという気の遠くなるような道中、ふと苦しみの波が引き、逆に心地よくなって「このまま地球の果てまで、どこまでも走れるんじゃないか」という無敵の気持ちになる瞬間がある。

しかし──これらを遥かに凌駕する、「第3の絶対的な領域」がこの世には存在する。

俺が40代の10年間、文字通り泥を吐くような練習を積み重ねてきた中で、わずか5回程度しか経験していない本物の奇跡だ。それは5kmの短いレースの時もあれば、フルの過酷な道中だったこともある。距離は関係ない。

その瞬間は、突然やってくる。

「……きたーーー!!」

俺には、脳の奥から何かが一気に噴き出したように感じた。あれが医学的に何だったのか、俺には分からない。ただ、40代の俺が確かに経験した最高の快感だった。

頭の中の思考は完全に消え去り、ただただ最高の気分に満たされる。
その領域に達すると、体感すらバグり始める。自分が着ているはずのランニングウェアの感覚が一切消え失せ、「俺は今、何も身につけずに全裸で疾走しているんじゃないか」という錯覚に陥るのだ。衣服の重みすら消えるほどの圧倒的な一体感。それでいて、不思議と羞恥心などは一ミリも湧いてこない。ただただ、生命の爆発そのものに平伏す瞬間。

俺の脳と肉体は、確かにあの時、世界のルールをハックして神の領域に触れていた。
今振り返れば、俺が毎日毎日、孤独に20kmのジョグをこなし、阿蘇カルデラを13時間走り続けたのは、あの人生最高峰の快感をもう一度だけ味わうための「工夫と努力」だったのかもしれない。

娘よ。人間の脳には、「秘密のブースター」が隠されている。お前の中に眠る本能のエンジンを、己の努力と工夫で限界まで回してみせろ。そこには、言葉を失うほど痛快な世界が待っている。

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