痛快 天月です。
特に記憶に深く刻まれている15のマラソン大会を、私のランナーとしての進化の軌跡とともに紹介する連載の第3弾です。
ボロボロの初陣を乗り越え、地獄のラストスパートすら楽しめるようになった私ですが、この頃になると、いよいよマラソンというスポーツが私の「人生の歯車」に完全に組み込まれるようになっていきました。
6. 福岡シティマラソン(ハーフ)
この大会において、私はもう完全に「常連」の域に達していました。
当日の早朝、ひとりで静かに会場へ向かい、秋風を感じながらサクッとハーフマラソンを走り抜く。そして、お昼前には何事もなかったかのように自宅に帰ってくる。午後からは、普通に溜まっていた別の用事を淡々と片付ける――。
気づけばマラソンを走ることが特別なお祭りではなく、完全に「生活の一部」になっていました。継続は力なり。日常のルーティンとして21kmを走れる強靭な土台が、ここで完成したのです。
7. 天草マラソン
フルマラソンの挑戦として記憶に残っているのが、熊本の「天草マラソン」です。
美しい有明海を望む海岸線沿いをひたすら走る、ロケーションとしては最高のコース。さらに、スタートとゴールが立派な「市の陸上競技場」に設定されており、トラックの土を踏んだ瞬間は「なんだか本物のシリアスランナーになったっぽいな」と胸が熱くなりました。
しかし、この日の天候はあいにくの「雨」。
雨に体温を奪われ、濡れたウェアが重くのしかかる後半のロードは、文字通り心が折れそうなほど辛い戦いになりました。それでも競技場のトラックに帰ってきたときの喜びは、晴れの日以上のものでした。
8. 東京マラソン②
私はどうやら、株式投資の選択眼だけでなく「くじ運」もかなり良いようです。高い倍率の壁をすり抜け、なんと2回目の当選を果たしました。
満身創痍のボロボロで這うように歩いた1回目とは違い、今回の私は万全のコンディション。
東京都庁をスタートし、名物の東京農大の「大根踊り」の熱いエールを受け、自衛隊の音楽隊に励まされ、銀座、浅草、東京タワー、歌舞伎座といった日本の中心を大激走。ゴールの東京ビッグサイトが見えるまで、42.195kmの間、沿道の応援は1秒たりとも途切れることはありませんでした。
脳内からは快楽物質(脳汁)が出まくり、苦しさなど微塵も感じない、まさに「無敵の4時間」を駆け抜けた最高の記憶です。
■ 第3弾のまとめ:習慣化の先にある「無敵のゾーン」
日常として走り続ける淡々としたハーフ。雨の中で耐え抜いた天草。そして、すべてが報われて脳汁が溢れ出た東京。
この3つのレースを通して痛感したのは、「地道な習慣化の先にしか、最高の快感(ゾーン)は待っていない」ということです。
これは、徹底的な節制を日常にし、その先にある「資産3億円」というゴールで最高の脳汁を出すための、私のマネーゲームの思想と完全に一致しています。
次回、第4弾では、いよいよフルマラソンの壁をぶち破り、未知なる「ウルトラ(50km)」の世界へと足を踏み入れた、さらなる変態ロードのお話をします。
(第4弾:阿蘇50km①・防府読売①・指宿②編 へ続く)

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