第2章第4考:我が家にある2冊の広辞苑。娘が12歳の誕生日にねだってきたもの

第2章【学】

俺の部屋の本棚には、昔から固い本ばかりが並んでいる。
50代後半、3年間、死ぬほどめくった司法書士試験の分厚いテキスト、泥臭く解き直した過去問、そして頭脳の限界に挑んだ記憶術や勉強に関する本。受かった、落ちたという結果は別にして、それらは俺の知性のベースを作ってくれた愛おしい相棒たちだ。

そんな本棚の住人の中に、ひときわ重厚な存在感を放つ『広辞苑』がある。

ある日、愛する娘に「12歳の誕生日のプレゼント、何がいい?」と何気なく尋ねてみた。
今どきのガキなら、ゲームだの服だのと抜かすのだろうと思っていた。

だが、娘の口から返ってきた言葉は、俺の予想を遥かに超えていた。

「広辞苑がほしい」

一瞬、耳を疑った。同時に、俺の血を引くこの娘の知的なセンスに、胸の奥がカッと熱くなるのを感じた。
「お前のほしがっている広辞苑なら、パパの部屋の本棚に確かあったと思うよ」

俺がそう言うと、娘は間髪入れずにこう切り返してきたんだ。

「それ、第何版?」

12歳の子が、広辞苑の「版」を気にするなんて、誰が想像するだろうか。
慌てて俺の部屋の書棚を確認すると、そこにあったのは『第五版』だった。

結局、娘の12歳の誕生日プレゼントには、その時の最新版(第七版)を買い与えることになった。
というわけで、今の我が家には、俺の部屋に第五版、娘の部屋に最新版と、広辞苑が2冊並んでいる。

俺がかつて法律の海を泳ぎ、言葉の本質を掴もうともがいていた時代に使っていた古い広辞苑。そして、これから厳しい現代社会を生き抜くために、娘が自分の手でめくっていく新しい広辞苑。

勉強とは、誰かに強制されてやるものではない。
こうして、親の背中や本棚の景色を通じて、自然と知的好奇心が次の世代へと引き継がれていくことこそが、本当の「学び」の姿なのだと思う。

娘よ、その最新の広辞苑を、ボロボロになるまで使い倒しなさい。
言葉の力を味方につけた人間は、どんな時代でも、他人の言葉を鵜呑みにせず、自分の頭で考えられる。

コメント

タイトルとURLをコピーしました