第4章第2考:【体・マラソン17】第1弾:40代の挑戦開始。初フルからの過酷なリレーと都知事とのハイタッチ

第4章【体】

痛快 天月です。

「資産3億円」を目指す本気のマネーゲームにおいて、お金と同じくらい、いや、それ以上に大切な資本があります。それが「健康・体力」です。

どれだけ大金を手に入れても、自分の足で力強く歩き、人生を楽しめる体がなければ意味がありません。私のこの強靭な肉体と、逆境でも絶対に折れないメンタルを育ててくれたのが、これまでの人生で挑戦してきた「マラソン」です。

新連載として、私がこれまで参加した数々の大会の中から、特に記憶に深く刻まれている15の大会を、私の「ランナーとしての歩み」とともに紹介します。

第1弾は、私がひとりで大会に挑み始め、マラソンの洗礼と大きな感動を味わった20年前(40代前半)の記憶です。


1. 福岡シティマラソン(ハーフ)

40代前半、この頃の私はひとりでマラソン大会に参加するようになっていました。走っている途中で偶然知り合いとすれ違い、互いに声を掛け合うのも市民レースの醍醐味です。

種目はハーフマラソン(21.0975km)。当時の私にとっては、「ハーフくらいだったら、あっという間に終わるな」という感覚でした。タイムは1時間45分ほど。自分では「ずっと初心者ランナーだな(笑)」と思っていましたが、走る爽快感を純粋に楽しんでいた原点の大会です。

2. 指宿(いぶすき)菜の花マラソン① 【初フルマラソン】

ハーフの次はいよいよ、42.195kmの壁への挑戦です。私が人生初のフルマラソンに選んだのは、鹿児島で開催される「指宿菜の花マラソン」でした。タイムは4時間30分ほどだったと記憶しています。

この大会のエイド(給水所)はとにかく痛快でした。道中、サツマイモ、てんぷら、カツオの吸い物、果ては地元の焼酎までが振る舞われるお祭り騒ぎ。
しかし、コースは上ったり下ったりの連続で、とてつもなく足に来ました。レース後、膝に強烈な痛みが残ったのを今でも覚えています。それでも、応援の温かさと完走の喜びは格別で、最高の初陣となりました。

3. 東京マラソン① 【初フルの1ヶ月後、満身創痍の奇跡】

指宿マラソンの後遺症(膝の痛み)を引きずったまま、私は大きな賭けに出ました。当時、抽選倍率5倍ほどと言われた「東京マラソン」の第1回大会に見事当選してしまったのです。

「この大舞台、膝が痛くても這ってでも走る」

そう決意して立った大都会のスタートライン。しかし、初フルのわずか1ヶ月後です。案の定、後半はほとんど歩きっぱなしの苦しいレースになりました。
それでも、途切れることのない大歓声と、すぐ横を走るタレントランナーたちの熱気が背中を押してくれました。頭の中では、歩いてでも完走してやるとの思いが、駆け巡るも、満身創痍、一杯一杯だ。しかし、ゴールまで残り2kmの地点――なんと、当時の石原慎太郎都知事の姿が。痛む足を必死に動かし、都知事とガチンコでハイタッチを交わした瞬間、すべての疲れが吹き飛びました。ボロボロになりながら掴み取った、忘れられない栄光のゴールです。


■ 第1弾のまとめ:痛みに耐えた足が、メンタルを創る

こうして私のフルマラソン人生は、膝の痛みに耐えながら大都会を歩き抜くという、泥臭いスタートを切りました。
ですが、この時ボロボロになりながらも前に進み続けた経験が、今の私の「何があっても諦めない反骨心」の強固な土台になっています。

一歩一歩の積み重ねが、やがて42km先のゴールへ辿り着く。これは投資における「複利」の爆発とまったく同じです。

次回、第2弾では、少しずつランナーとして力を蓄え始めた私が挑む、「下関海峡のドラマ」をお届けします。

(第2弾:福岡シティハーフ・下関海峡マラソン編 へ続く)

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